東京地方裁判所 平成11年(ワ)12382号 判決 2000年11月28日
平成一一年(ワ)第一二三八二号 特許権再実施権許諾差止等請求事件(以下「甲事件」という。)
平成一二年(ワ)第一五五〇〇号 特許権再実施権許諾差止等請求事件(以下「乙事件」という。)
甲・乙事件原告
【A】
右訴訟代理人弁護士
飯田秀人
甲事件被告
株式会社ピー・シー・フレーム(以下「被告ピーシー」という。)
右代表者代表取締役
【B】
甲事件被告
黒沢建設株式会社(以下「被告黒沢建設」という。)
右代表者代表取締役
【B】
甲事件被告
【B】(以下「被告【B】」といい、被告ピーシー及び被告黒沢建設とを併せて「甲事件被告ら」という。)
乙事件被告
株式会社ケーティービー(以下「被告ケーティービー」という。)
右代表者代表取締役
【B】
被告ら訴訟代理人弁護士
大森実厚
同
大森綾子
主文
一 本件訴えのうち、原告が被告ピーシーの顧問でないことの確認を求める請求に係る部分を却下する。
二 被告黒沢建設は、原告に対し、金二〇万円及びこれに対する平成一〇年一二月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 原告の被告らに対するその余の請求をいずれも棄却する。
四 訴訟費用については、原告に生じた費用の一〇〇分の一と被告黒沢建設に生じた費用の五〇分の一を被告黒沢建設の負担とし、その余を原告の負担とする。
五 この判決は、第二項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
(甲事件)
一1 被告ピーシーは、別紙特許権目録記載の特許権(以下「本件特許権」という。)に関し、平成一〇年一二月八日付け解除を原因として専用実施権設定登録の抹消登録手続をせよ。
2 被告ピーシーは、本件特許権に関し、自ら実施し、又は、再実施権を許諾してはならない。
3 被告ピーシーは、インターネットのホームページ又は新聞紙上において、本件特許権について、自社の開発に係るものであるとの表示及び自社が現在もなお本件特許権の専用実施権者であるとの表示をしてはならない。
二 被告【B】は、本件特許権に関し、平成一一年一月二二日付け解除を原因として、共有登録の抹消登録手続をせよ。
三 被告黒沢建設は、本件特許権を実施してはならない。
四1 原告と甲事件被告らとの間において、原告が被告ピーシーの顧問でないことを確認する。
2 甲事件被告らは、原告に対し、各自金一〇〇〇万円及びこれに対する平成一〇年一二月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
3 甲事件被告らは、別紙謝罪広告目録記載のとおりの謝罪広告を日本経済新聞の全国版に掲載せよ。
(乙事件)
一 被告ケーティービーは、インターネットのホームページ又は新聞紙上において、本件特許権について、自社の開発に係るものであるとの表示及び自社が現在もなお本件特許権の専用実施権者であるとの表示をしてはならない。
二 被告ケーティービーは、原告に対し、金一〇〇万円及びこれに対する平成一〇年一二月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要及び本件の争点
一 争いのない事実
1 当事者
(一) 原告は、本件特許権の出願人であり、被告【B】と共に特許権名義を有する者である。
(二) 被告ピーシーは、昭和六一年一二月八日に、ピーシーフレーム工法(プレキャストコンクリート版とグランドアンカーを用いて斜面の安定を図る工法)の工事の監督、施工、設計、請負等を目的として設立された株式会社であり、被告【B】は、平成九年一二月一日、同社の代表取締役に就任した。
(三) 被告黒沢建設は、全国的にアンカー工事等を行っている株式会社であり、被告【B】が代表取締役である、
(四) 被告ケーティービーは、ケーティービー永久アンカー等を販売する株式会社であり、被告【B】が代表取締役である。
2 本件特許権登録原簿には、平成七年五月二九日付けで、本件特許権を原告と被告【B】との共有名義とした旨並びに被告ピーシー及び【C】(以下「【C】」という。)に対して専用実施権を設定した旨の記載がある。
二1 甲事件は、原告が、(一)被告ピーシーに対し、(1)本件特許権に係る専用実施権使用料の不払いにより被告ピーシーとの間における専用実施権設定契約を解除したとして、同設定登録の抹消登録手続及び本件特許権の実施等の差止めを求めるとともに、(2)インターネットのホームページ又は新聞紙上に、本件特許権について、被告ピーシーが開発したものであるとの表示及び被告ピーシーが現在もなお本件特許権の専用実施権者であるとの表示の差止めを求め、(二)被告【B】に対し、原告と被告【B】との間における本件特許権に係る共有権設定契約を解除したとして同設定登録の抹消登録手続を求め、(三)被告黒沢建設に対し、本件特許権の実施の差止めを求め、(四)甲事件被告らとの間において、原告が被告ピーシーの顧問でないことの確認を求め、(五)甲事件被告らに対し、同被告らが原告に対して、営業妨害行為及び名誉毀損行為を行ったとして、損害賠償及び謝罪広告を求める事案である。
2 乙事件は、原告が被告ケーティービーに対し、同社が、インターネットのホームページ又は新聞紙上に、本件特許権について、自社が開発したものであるとの表示及び自社が現在もなお本件特許権の専用実施権者であるとの表示をしていることを理由として、右表示の差止め及び損害賠償を求める事案である。
三 本件の争点
(甲事件について)
1 原告の被告ピーシーに対する
(1) 専用実施権設定登録の抹消登録手続請求及び本件特許権の実施等の差止請求の成否
(2) 新聞紙上又はインターネットのホームページ上の表示の差止請求の成否
2 原告の被告【B】に対する本件共有権設定登録の抹消登録手続請求の成否
3 原告の被告黒沢建設に対する本件特許権の実施の差止請求の成否
4 原告の甲事件被告らに対する、原告が被告ピーシーの顧問でないことの確認を求める請求の成否
5 原告の甲事件被告らに対する損害賠償請求及び謝罪広告請求の成否
(乙事件について)
6 原告の被告ケーティービーに対する新聞紙上又はホームページ上の表示の差止請求及び損害賠償請求の成否
第三本件の争点に関する当事者の主張
一 争点1の(1)について
(原告の主張)
1 平成六年四月二五日、原告と被告ピーシーは、本件特許権に関する専用実施権設定契約を締結した。
2 原告は、平成七年三月二〇日、被告【B】に対して、本件特許権の持分を譲渡したため、本件特許権は、原告と被告【B】の共有となった。また、原告及び被告【B】は、同日、被告ピーシー及び【C】との間で、専用実施権設定契約を締結して、同被告らに対して、本件特許権の専用実施権を設定した。
右の持分の譲渡及び専用実施権の設定については、同年五月二九日、その旨の登録が行われた。
3(一) 被告ピーシーは、何ら正当な理由もなく、平成一〇年七月三一日から、専用実施権設定契約に基づく本件特許権実施料の支払を停止した。
(二) 平成一〇年一二月七日、原告は、被告ピーシーに対し、右実施料の不払いを理由として、専用実施権設定契約を解除する旨の通知をなし、同意思表示は、同月八日、被告ピーシーに到達した。
(被告ピーシーの主張)
1 平成六年四月二五日に、被告ピーシーが、原告との間において、本件特許権の専用実施権設定契約を締結したことはない。そのような契約書が存するとしても、それは、原告と【C】が通謀して、他の何らかの目的に使用するために作成したものであるから、有効なものではない。
2 本件特許出願は、原告が被告【B】のアイデアを盗んで出願をしたものであるため、原告は、本件特許権を被告【B】に譲渡する旨約束していたところ、平成七年三月二二日、原告は、被告【B】に対して、本件特許権を譲渡し、本件特許権に関して無権利者となった。原告は、被告【B】の好意により単に名義上特許権者として残ったにすぎない。したがって、同日以降、原告と被告ピーシーとの間において、本件特許権の専用実施権設定契約は存在せず、被告ピーシーが、原告に対して、本件特許権実施料を支払うべき理由はない。
3 後記五甲事件被告らの主張のとおり、平成九年一二月八日、被告ピーシーは、原告との間において、顧問契約を締結したから、同日以降、原告と被告ピーシーとの間において、本件特許権の専用実施権設定契約は存在せず、被告ピーシーが、原告に対して、本件特許権実施料を支払うべき理由はない。
4 仮に、本件特許権が原告と被告【B】との共有であれば、原告は、被告【B】と共同して解除権を行使すべきであって、原告単独でされた解除の意思表示は無効である。
二 争点1の(2)について
(原告の主張)
被告ピーシーは、本件特許権に関して、自社の開発に係るものである、自社が現在もなお本件特許権の専用実施権者であると表示している。右表示は事実に反するから、表示の差止めを求める。
(被告ピーシーの主張)
原告の主張は争う。
三 争点2について
(原告の主張)
1 原告は、平成七年三月二〇日、被告【B】に対して、本件特許権の持分を譲渡したため、本件特許権は、原告と被告【B】の共有となり、同年五月二九日、その旨の登録手続が行われた。
2(一) 被告【B】は、被告ピーシーの代表取締役に就任した後、原告及び被告【B】と被告ピーシーとの間における本件特許権の専用実施権設定契約を悪意をもって、ないがしろにし、一方的に原告に対し、今後は本件特許権の実施料ではなく「顧問料」として支払いたいとの提案をし、約定の本件特許権実施料の支払を拒絶した。
(二) 平成一一年一月二一日、原告は、被告【B】に対し、右1の譲渡契約を解除する旨の通知をなし、右意思表示は、同月二三日、被告【B】に到達した。
(被告【B】の主張)
1 前記一被告ピーシーの主張のとおり、平成七年三月二二日、原告は、被告【B】に対して、本件特許権を譲渡し、本件特許権に関して無権利者となった。
2 仮に、右原告の主張1の譲渡契約が存するとしても、被告【B】としては、契約に基づく義務をすべて履行しており、何ら解除されるような事由は存しない。
四 争点3について
(原告の主張)
原告と被告ピーシーとの間における、本件特許権に関する専用実施権設定契約は、被告ピーシーの債務不履行により、解除されたから、被告ピーシーから通常実施権の設定を受けていた被告黒沢建設は、本件特許権を適法に実施することができない。
(被告黒沢建設の主張)
一の被告ピーシーの主張と同じ。
五 争点4について
(原告の主張)
原告が被告ピーシーの顧問でないにもかかわらず、甲事件被告らは、原告が被告ピーシーの顧問であり、被告ピーシーから顧問料を受け取っている旨主張する。
(甲事件被告らの主張)
1 平成九年一〇月ころ、【C】が、被告【B】に対し、原告の代理人として、原告を被告ピーシーの顧問として残して年間六〇〇万円を支払って欲しい旨述べた。
2 平成九年一二月八日に開かれた被告ピーシーの役員会において、被告ピーシーが原告に対し、顧問料を支払う旨決議し、原告も了承したことから、原告と被告ピーシーとの間において顧問契約が成立し、以後被告ピーシーは、原告に対し、顧問料を支払っている。
六 争点5について
(原告の主張)
1 被告【B】は、被告黒沢建設等の取締役及び従業員に命じて、本件特許権は、本来自分が発明したものであり、原告が自分のアイデアを盗んで特許を出願したものであるとの事実無根の風説を流布して誹謗中傷させた。
2 甲事件被告らは、原告が勤務先である鹿島建設株式会社(以下「鹿島建設」という。)において開発に参画した新型アンカーについて、原告が被告【B】から盗んだアイデアを特許として出願したものであると誹謗中傷を繰り返した。
3 甲事件被告らは、原告が被告ピーシーから顧問料を受け取っているとの虚偽の誹謗中傷をした。
4 以上のような甲事件被告らの行為によって、原告は、勤務先での信用を失うおそれが生じた。このような甲事件被告らの行為は、営業妨害又は名誉毀損の不法行為を構成する程度に悪質である。
5 原告の人柄、学歴、土木技術の専門家としての業績、スポーツマンとしての実績、知名度、類似の事案等を勘案すると、原告が甲事件被告らに請求できる慰謝料の額は、一〇〇〇万円を下らない。
(甲事件被告らの主張)
原告の主張は、すべて争う。
七 争点6について
(原告の主張)
1 被告ケーティービーは、本件特許権に関して、自社の開発に係るものである、自社が現在もなお本件特許権の専用実施権者であると表示している。右表示は事実に反するから、これらの表示の差止めを求める。
2 右行為により、原告は、一〇〇万円の損害を被った。
(被告ケーティービーの主張)
1 被告ケーティービーは、原告主張に係る右表示をしたことはない。
2 原告の損害額に関する主張は争う。
第四当裁判所の判断
一 争点1の(1)、2及び3について
1 事実関係
前記争いのない事実並びに証拠(甲一ないし三、甲四、五の各一、二、甲六ないし九、甲一三の一ないし八、甲一五ないし一八、二〇、二一、二五、甲二六の一ないし四、甲二九、乙一ないし一〇、一二ないし一九、乙二〇の一、乙二一、二四、二五、二九、三一、四〇、五六ないし六〇、七一、証人【C】、同【D】、同【E】、同【F】の各証言、原告、被告【B】各本人尋問の結果)及び弁論の全趣旨によると、以下の事実が認められる。
(一) 原告は、昭和六一年五月二六日、本件特許に係る出願をし、平成六年四月二五日、本件特許権の登録がされた。
(二) 被告黒沢建設は、平成六年六月に、原告に対して、本件特許に係る発明の本来の発明者は、【G】、【H】、被告【B】の三名であって、原告ではない旨の異議申立書を送付した。これに対して、原告は、被告ピーシーに対して、被告黒沢建設の右主張に反論する書面を送付した。
(三) 原告と被告ピーシーは、平成六年末ころ、同年四月二五日付けで、本件特許権に関し、以下の内容の専用実施権設定契約を締結した。この契約を締結することは、ピーシーフレーム工法の普及を目的として設立され、被告黒沢建設等の関係各社を構成員とするPCフレーム協会の同年一一月に開催された役員会にかけられた。
(1) 原告は、本件特許権に関し、被告ピーシーに専用実施権を設定する。
(2) 原告は、被告ピーシーが、被告黒沢建設を含む五社(以下「特定五社」という。)及び株式会社ニチボーを含む一八社(以下「一般一八社」という。)に対して、本件特許権の通常実施権を許諾することに同意する。
被告ピーシーは、右の各社以外に対しても、通常実施権を許諾することができる。
(3) 被告ピーシーは、自らの実施分については、その工事施工高の〇・三パーセントを、再実施許諾の場合は通常実施権者からの被告ピーシーに対する対価(再実施料)のうちから次の各金員を支払う。
特定五社は、〇。
一般一八社等は、工事施工高の〇・三パーセント
(四)(1) 原告は、平成七年三月二〇日付けで、被告【B】との間において、被告【B】に対して本件特許権の持分を譲渡し、本件特許権を原告と被告【B】との共有とする旨の契約(以下「本件共有契約」という。)を締結し、その旨の書面が作成され、同年五月二九日、その旨の登録がされた。
(2) 平成七年三月二〇日付けで、原告及び被告【B】と被告ピーシー及び【C】との間において、本件特許権に関する専用実施権設定契約書が作成された。同契約書には、工事施工高の〇・三パーセントの金額を毎年五月三一日、一一月三〇日の二回を締切日とし、各締切日から二か月以内に支払うこと等を内容とする条項が存在した。
(3) 被告【B】は、平成七年三月二二日、原告に対して、一〇〇〇万円を支払った。
(4) 平成七年五月二九日、原告及び被告【B】と被告ピーシー及び【C】との間における、本件特許権に関する専用実施権の設定登録がされた。
(五) 原告、被告【B】、被告ピーシー、【C】の四者は、平成七年三月二二日付けで、以下のとおりの合意書(以下「本件合意書」という。)を取り交わした。
(1) 原告は、本件特許権を被告【B】と共有することを同意する。
(2) 被告【B】は、原告に対し、一〇〇〇万円を支払う。
(3) 原告に加え、被告【B】も、被告ピーシー及び【C】に対して専用実施権を設定する。
(4) 被告ピーシーと【C】は、右(三)の契約と同様の通常実施権を許諾する権限を有する。
(5) 対価は、右(三)の契約において定めた金額と同じ金額とし、これを、毎年五月三一日と一一月三〇日を締切日として、各締切日から二か月以内に原告のみに支払う。
(六) 原告は、被告【B】に対し、本件合意書に基づいて被告【B】が本件特許権の行使又は広告をなす場合に対外的に本件特許権の特許権者を「被告【B】ほか一名」と発表することを了解する旨の念書を送付した。
(七) 被告ピーシーは、平成七年五月三一日以降平成一〇年六月までの間、原告に対し、実施した工事名、工事金額等を記載した実施報告書を送付し、原告は、被告ピーシーに対し、実施料額に関する請求書を送付し、右請求書に基づいて、被告ピーシーは、原告のみに対し、特許権実施料又は特許権再実施料として、本件合意書記載の区分により、平成九年九月までの分を支払った。
また、被告ピーシーは原告に対し、右実施料及び再実施料とは別に「顧問料」名目において、一定の金員を支払っていた(平成八年時点では月額六万円であった。)。この顧問料は、平成九年一月を最後に支払われなくなった。右「顧問料」は、名目のみで、原告が被告ピーシーの顧問として活動したことはなかった。
(八) 平成九年一二月一日、被告【B】が、【C】の後任として、被告ピーシーの代表取締役に就任した。
(九) 被告ピーシーの取締役である【F】(以下「【F】」という。)は、平成一〇年八月一九日、原告に対し、被告【B】の意向により、今後は本件特許権の実施料を支払わず、顧問料を支払う旨述べた。そこで、原告は、同月二七日、【F】に対し、右の話を拒否するとともに、実施料の支払を催促する書面を送付した。
(一〇) 被告ピーシーは、同年九月八日、原告に対して、平成九年一〇月から平成一〇年三月までの間において実施した工事名、工事金額等を記載した実施報告書を送付し、原告は、被告ピーシーに対し、右期間における実施料額に関する請求書を送付した。しかし、これは支払われなかった。
その後、原告と【F】との間において、実施料の支払等をめぐって書面が交わされた。【F】は、原告から本件合意書の存在を前提とする申入れ等があったにもかかわらず、本件合意書の内容等に関する異議を述べていない。
(一一) 平成一〇年一二月七日、原告は、被告ピーシーに対し、右実施料の不払いを理由として、専用実施権設定契約を解除する旨の通知をし、右意思表示は、同月八日、被告ピーシーに到達した。
平成一一年一月二一日、原告は、被告【B】に対し、本件共有契約を解除する旨の通知をし、右意思表示は、同月二三日、被告【B】に到達した。
2 被告らの主張について
(一) 被告ピーシーは、平成六年四月二五日に、被告ピーシーが、原告との間において、本件特許権の専用実施権設定契約を締結したことはなく、そのような契約書が存するとしても、それは、原告と【C】が通謀して、他の何らかの目的に使用するために作成したものであるから、有効なものではないと主張する。
しかしながら、証拠(甲六、七、甲一三の一ないし八、甲一七、証人【C】、同【D】の各証言、原告本人尋問の結果)及び弁論の全趣旨によると、【C】は、被告ピーシーの代表取締役として、右専用実施権設定契約書に押印したこと、被告ピーシーの業務内容にとって、本件特許権は有益なものであること、被告ピーシーは、右1(七)認定のとおり、原告に対して、実施料及び再実施料を支払っていたことがそれぞれ認められ、他方、被告ピーシーが主張するような原告及び【C】の他の何らかの目的というのが具体的にいかなるものをいうのか明確ではなく、これを認めるに足りる証拠もない。そうすると、被告ピーシーの右主張は理由がない。
(二) 被告【B】は、本人尋問において、本件合意書に押印したことはなく、【C】が事情を知らない被告黒沢建設の総務部長【I】を騙して社印を押させたものである旨の供述をし、乙九(【I】の陳述書)にも、これに沿う記載がある。
しかしながら、被告黒沢建設の一従業員である【I】が、被告【B】に確認することなく、被告【B】個人名義の本件合意書に社印を押すのは不自然であること、本件合意書の内容は、右1(五)認定のとおり、概ね既に取り決められた事項を内容とするものであること、右1(九)認定のとおり、原告から本件合意書の存在を前提とする申入れがあったにもかかわらず、【F】が、本件合意書の内容等に関する異議を述べたとは認められないことからすると、被告【B】の右供述及び乙九の記載は信用することができず、本件合意書は、被告【B】の関係でも真正に成立したものと認められる。
(三) 被告ピーシー及び被告【B】は、本件特許出願は、原告が被告【B】のアイデアを盗んで出願をしたものであるため、原告は、本件特許権を被告【B】に譲渡する旨約束していたところ、平成七年三月二二日、原告は、被告【B】に対して、本件特許権を譲渡し、本件特許権に関して無権利者となったのであり、原告は、被告【B】の好意により単に名義上特許権者として残ったにすぎないと主張する。
しかし、右の「原告は、被告【B】に対して、本件特許権を譲渡し、本件特許権に関して無権利者となった」旨の主張は、本件共有契約及び本件合意書の内容に真っ向から反するものであるうえ、右1認定のとおり、被告ピーシーが、原告との間で専用実施権設定契約を締結し、原告に対して、継続して実施料及び再実施料を支払っていたこととも矛盾する。また、原告は、専用実施権を設定していて、本件特許権を自ら実施する立場にはなく、右1(六)認定のとおり、被告【B】に対し、対外的に本件特許権について自分の名前を出さないことを承諾しているのであるから、被告【B】に対して本件特許権を全部譲渡したというのであれば、本件特許権について名義人として残る合理的な理由はないものと考えられ、この点からしても、右主張は不合理である。
乙四(【H】の陳述書)及び乙五八、七〇(被告【B】と【H】の陳述書)には、本件特許は、被告黒沢建設が昭和五六年一二月に【G】に提供した技術を、【G】が原告に伝え、原告がそれをもとに出願した旨の記載があり、被告【B】は、本人尋問において、同趣旨の供述をする。しかし、証拠(甲一八、原告本人尋問の結果)によると、原告は、【G】から知った技術をもとに本件特許を出願したことを否定しており、右の各乙号証と被告【B】の供述のみでは、いまだ、本件特許出願が、被告【B】らの発明を出願したものであるとまでは認められない。また、乙一〇(被告【B】の陳述書)、乙一五(【G】と【J】の陳述書)には、昭和六一年後半ころ、被告【B】からなぜ同人に無断で本件特許権を出願したのかと詰問され、【G】と原告は、手をついて謝り、特許が下りてきたら被告【B】のところへ持っていくと約束した旨の記載があり、被告【B】は、本人尋問において、同趣旨の供述をする。しかし、証拠(原告本人尋問の結果)によると、原告は、右事実を否定しており、右1(二)認定の事実に照らしても、右の各乙号証と被告【B】の供述のみでは、いまだ原告が右の約束をしたとまでは認められない。仮に、本件特許出願が、被告【B】らの発明を出願したものであり、原告が右の約束をしていたとしても、既に認定したとおり、明確な書面上の合意等が存するのであるから、これらに反してまで、被告ピーシー及び被告【B】の右「原告は、被告【B】に対して、本件特許権を譲渡し、本件特許権に関して無権利者となった」旨の主張を認めることはできない。
さらに、証拠(甲一六、乙二三)によると、原告は、平成九年一二月に、被告【B】宛の、本件合意書に基づき、本件特許権を被告【B】に譲渡したことを確約する、好意により名義のみを残してもらったが、原告は、名義のみで、特許権の実質の権限はないことを確約する旨の書面に署名押印したことが認められる。しかし、証拠(甲一七、原告本人尋問の結果)によると、原告は、専用実施権を設定していて、本件特許権を実施したり、第三者に権利行使する意思がないので、実施料が支払われれば、それ以上に本件特許権について権利行使をする意思のないことを明らかにする趣旨で右書面に署名押印したものと認められ、「本件合意書に基づき」という文言が含まれていることや右1認定の各事実に照らしても、右書面によって、原告が本件特許権について全く権利のないことを認めたとまでは認められない。
したがって、被告ピーシー及び被告【B】の右「原告は、被告【B】に対して、本件特許権を譲渡し、本件特許権に関して無権利者となったのであり、原告は、被告【B】の好意により単に名義上特許権者として残ったにすぎない」旨の主張は認められない。
(四) 被告ピーシーは、平成九年一二月八日に開かれた被告ピーシーの役員会において、被告ピーシーが原告に対し、顧問料を支払う旨決議し、原告も了承したことから、原告と被告ピーシーとの間において顧問契約が成立したと主張する。
しかし、平成九年一二月八日に開かれた被告ピーシーの役員会のころ、被告ピーシーと原告との間において顧問契約を締結することを原告が了承した事実については、乙七、一〇、五七、証人【F】の証言及び被告【B】本人尋問の結果中には、これに沿う記載及び供述が存するが、いずれも、原告が了承した事実を直接述べたものではなく、あいまいな点が多いから、これらの証拠から、右事実を認めることはできず、他にこの事実を認めるに足りる証拠はない。また、右1(九)ないし(一一)認定のその後の経過に照らしても、原告が右顧問契約の締結を了承したとは認められない。
なお、証拠(乙七、三六、原告本人尋問の結果)によると、原告は、平成一一年二月二三日に被告ピーシーから送付された五〇〇万円を受領していることが認められるが、証拠(乙七、二六ないし三四、三六)によると、この時期は、既に原告が本件特許権の実施料の支払を求め、被告ピーシーが顧問料は支払うが実施料は支払えないと主張して、紛争になっていた時期であって、右受領後直ちに原告代理人が被告ピーシーに対し右金員は損害賠償金として受領した旨の書面を送付していることが認められるから、原告が右五〇〇万円を受領したからといって、原告が右顧問契約の締結を了承したと認めることはできない。
したがって、甲事件被告らの右主張は採用できない。
3 争点1の(1)について
右認定の事実に基づき、争点1の(1)について検討する。
(一) 右認定の事実によると、本件特許権は、原告と被告【B】の共有であること、原告及び被告【B】と被告ピーシー及び【C】との間では、本件特許権に関し、以下の内容の専用実施権設定契約が締結されており、この契約は、平成七年五月二九日、専用実施権設定登録手続がされたことにより、効力を生じたこと、以上の事実が認められる。
(1) 原告及び被告【B】は、本件特許権に関し、被告ピーシー及び【C】に専用実施権を設定する。
(2) 原告及び被告【B】は、被告ピーシー及び【C】が、被告黒沢建設を含む五社(特定五社)及び株式会社ニチボーを含む一八社(一般一八社)に対して、本件特許権の通常実施権を許諾することに同意する。
被告ピーシー及び【C】は、右の各社以外に対しても、通常実施権を許諾することができる。
(3) 被告ピーシーは、自らの実施分については、その工事施工高の〇・三パーセントを、再実施許諾の場合は通常実施権者からの被告ピーシーに対する対価(再実施料)のうちから次の各金員を原告に対して支払う。
特定五社は、〇。
一般一八社等は、工事施工高の〇・三パーセント
(4) 右の対価は、毎年五月三一日と一一月三〇日を締切日とし、各締切日から二か月以内に支払う。
(二) 被告ピーシーは、右(一)の契約に従って、原告に対して、本件特許権の実施料及び再実施料を支払うべき義務があるところ、右1認定のとおり、平成九年一〇月以降の分について、その支払をしていないから、被告ピーシーには、債務不履行が存するものと認められる。
(三) 右のとおり、本件特許権は、原告と被告【B】との共有であると認められるところ、各自の持分は、それぞれ二分の一であると推定され、これに反する証拠はない。したがって、各自の持分は、それぞれ二分の一であると認められる。
ところで、共有されている特許権に関する専用実施権設定契約を解除する行為は、共有物に関する管理行為(民法二五二条本文)に該当すると解される(昭和三九年二月二五日第三小法廷判決・民集一八巻二号三二九頁参照)。
そうすると、本件特許権に関し二分の一の持分権しか有しない原告は、特別の事情のない限り、単独で解除権を行使することができない。そして、本件において、原告が単独で解除権を行使することを正当化する特別な事情に関する主張立証はないから、原告の解除権行使によって、原告及び被告【B】と被告ピーシー及び【C】との間における右専用実施権設定契約が解除されたとは認められない。
(四) したがって、原告及び被告【B】と被告ピーシー及び【C】との間における右専用実施権設定契約は解除されていないから、原告の被告ピーシーに対する専用実施権設定登録の抹消登録手続請求及び被告ピーシーが本件特許権に関し自ら実施し又は再実施権を許諾をすることの差止請求は、いずれも理由がない。
4 争点2について
原告が主張する本件共有契約の解除事由は、被告ピーシーが本件特許権に関する実施料を支払わなかったという点にある。
証拠(甲六)によると、本件合意書には、本件特許権に関する実施料も原告が被告【B】に対して本件特許権に関する持分を譲渡したことの対価であると読めるような記載(三条の冒頭部分)があることが認められる。しかし、右実施料は、本来、専用実施権を設定したことに対する対価としての性質を有すると考えられること、右1認定のとおり、本件共有契約締結の前後で、右対価の額等が変わっていないこと、右1(四)認定のとおり、被告【B】から原告に対して、一〇〇〇万円が支払われており、証拠(甲一八、乙八、一〇)によると、当事者間においてこれが持分譲渡の対価であると認識されていたものと認められることを総合すると、本件特許権に関する実施料は、専用実施権を設定したこととは対価関係にあるとしても、原告が被告【B】に対して本件特許権に関する持分を譲渡したことの対価であるとは認められないから、被告ピーシーが、右実施料の支払を怠ったことは、原告と被告【B】との間における本件共有契約の解除事由にはならないというべきである。
したがって、原告の被告【B】に対する本件特許権に係る共有権設定登録の抹消登録手続請求は、理由がない。
5 争点3について
既に述べたところからすると、被告黒沢建設は、本件特許権の専用実施権者である被告ピーシーから本件特許権に関し通常実施権の設定を受けていることが認められるから、原告の被告黒沢建設に対する本件特許権の実施差止請求は理由がない。
二 争点1の(2)について
被告ピーシーが、インターネットのホームページ又は新聞紙上において、本件特許権について、自社の開発に係るものであるとの表示及び自社が現在もなお本件特許権の専用実施権者であるとの表示をした事実を認めるに足りる証拠はないから、右表示の差止請求は理由がない。
三 争点4について
原告は、甲事件被告らとの間において、原告が被告ピーシーの顧問でないことの確認を求めている。
しかしながら、「顧問」は法律上の地位とは認められないから、当該訴えは、単に事実関係の確認を求めるものにすぎず、法律上の権利関係の確認を求めるものとは認められない。したがって、当該確認の訴えは、訴えの利益を欠く不適法なものというほかなく、却下を免れない。
四 争点5について
1 証拠(甲一〇)によると、被告黒沢建設の取締役【J】は、平成一〇年五月七日に、原告の勤務先である鹿島建設へ行き、当時同社の知的財産部長であった【K】(以下「【K】」という。)に対し、鹿島建設のスーパーMCアンカー工法は、被告黒沢建設の特許権を侵害する旨、鹿島建設の同工法は、原告が被告【B】のアイデアを盗んで特許として出願したものである旨、本件特許権は、被告【B】のアイデアを盗んで出願したものである旨及び原告は被告ピーシーの顧問をして高額の顧問料をもらっている旨を述べ、さらに、右の顧問の点について、「そのようなことを許しておいてよいのか。」との発言をして、帰ったことが認められる。
2 弁論の全趣旨によると、原告の勤務先である鹿島建設では、就業規則によって従業員は兼業を禁止されているものと認められるから、右の【J】の発言のうち、原告は被告ピーシーの顧問をして高額の顧問料をもらっている旨の発言は、原告が就業規則違反を犯して高額の報酬を得ている旨の発言であると認められる。
右の【J】の一連の発言、すなわち、鹿島建設のスーパーMCアンカー工法は、原告が被告【B】のアイデアを盗んで特許として出願したものである旨の発言、本件特許権は、被告【B】のアイデアを盗んで出願したものである旨の発言及び原告が就業規則違反を犯している旨の発言は、原告の社会的な評価を低下させるもので、原告の名誉を毀損するものであるというべきである。
証拠(乙八、三七ないし三九)によると、被告黒沢建設の取締役である【E】(以下「【E】」という。)は、【J】の鹿島建設への右訪問の前である平成一〇年四月二二日に、原告に対して、鹿島建設のスーパーMCアンカー工法は、被告黒沢建設の特許権を侵害する旨の書面を送付したこと、【E】は、【J】の鹿島建設への右訪問の後である平成一〇年六月一日に、原告に対して、右訪問において【J】が述べたのと同様の内容を記載した書面を送付したこと、以上の事実が認められ、これらの事実に、前記一1(九)以下で認定したその後の経過及び【J】の右発言内容を総合すると、【J】の右の発言は、被告黒沢建設と鹿島建設又は原告との紛争を被告黒沢建設に有利に解決する目的でされたものと認められ、もっぱら公益を図る目的でされたとは認められない。
前記一2(三)のとおり、本件特許出願が、被告【B】らの発明を出願したものであるとまでは認められないから、本件特許権は、被告【B】のアイデアを盗んで出願したものである旨の発言が真実であるとまでは認められない。また、前記一1(七)認定のとおり、原告は、被告ピーシーから顧問料名目で平成九年一月まで金員を受領していたが、顧問としての活動は行っておらず、同年二月以降は、右顧問料も受領していないものと認められること、前記一2(四)のとおり、被告主張に係る原告と被告ピーシーとの間における顧問契約の成立は認められないことからすると、原告は被告ピーシーの顧問をして高額の顧問料をもらっている旨の発言は、真実であるとは認められない。さらに、鹿島建設のスーパーMCアンカー工法は、原告が被告【B】のアイデアを盗んで特許として出願したものであることを認めるに足りる証拠はない。
3 右1、2認定の事実からすると、【J】の右の発言は、被告黒沢建設の職務を行うに付きされたものと認められるから、被告黒沢建設は、【J】の右発言によって原告が被った損害を賠償する責任があるというべきである。しかし、その余の甲事件被告らは、【J】の右の各発言に対するかかわりが明らかでないので、損害賠償責任があるとは認められない。
4 損害額(慰謝料の金額)について検討するに、右の各発言によって、原告は勤務先における信用を低下するおそれがあったと認められるが、そのことによって原告が処分を受けるなどの不利益を被ったことを認めるに足りる証拠はないこと、右の各発言は、【K】に対してされたのみで、【J】がそれ以上に積極的に流布したとは認められないこと、その他本件に現われた諸般の事情を総合すると、損害額(慰謝料の金額)としては、二〇万円が相当である。
右の各発言は、【K】に対してされたのみであることからすると、原告が求める謝罪広告はその必要がない。
五 争点6について
証拠(甲一一)によると、株式会社ケーティービーは、同社のホームページにおいて、PCフレーム工法は、被告黒沢建設によって開発されたものである旨の記載をしていることが認められるが、証拠(乙一四、五八、七〇、被告【B】本人尋問の結果)によると、PCフレーム工法は、被告黒沢建設においても開発されていたことが認められるから、株式会社ケーティービーが同社のホームページにおいて右のような記載をすることが直ちに違法に原告の名誉を毀損したとは認められず、他に右記載が原告の名誉を毀損する又は他の権利を侵害するというべき事情は認められない。
被告ケーティービーが、本件特許権に関して、自社が本件特許権の専用実施権者であると表示している事実を認めるに足りる証拠はない。
したがって、原告の被告ケーティービーに対する請求は理由がない。
六 結論
以上の次第であるから、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 森義之 裁判官 内藤裕之 裁判官 杜下弘記)
<以下省略>